福岡高等裁判所 昭和60年(う)168号 判決
原判決は福田藤光に対する殺人未遂につき,これが未必的殺意によるものと認めているが,原審記録及び証拠に当審における事実取調の結果も加え検討してみるに,これが確定的殺意によるものであることは優に認めることができるものである。すなわち,
1 被告人が右犯行に兇器として使用したのは全長約31.5センチメートル,刃体の長さが約17.7センチメートルもある尖鋭な出刃包丁で,その形状等に照らし,これを人の身体の枢要部に向けて刺突する方法で用いるときは容易に人の生命を奪う危険性を包蔵しているものであること
2 被告人は乗用自動車の助手席から車外に出るや,いきなり右手に握った出刃包丁を右腰に構え,約10.7メートル位の間を福田藤光目がけて一気に駆け寄り,しかもその際,「福田,貴様。」と叫びながら体当たりするようにしてその腹部を1回突き刺し,同人が反射的に手で被告人を突きとばし,かつ,傍らにいた福田藤一郎が被告人を制止すべく被告人に殴りかかったところ,被告人はなおも包丁を振り回して福田藤光の左前腕部及び顔面並びに福田藤一郎の前頸部にそれぞれ切りつけ,更に福田藤光に突きかかって同人の左上腕を1回突き刺し,隙をみて同人がその場から逃げ出すや,「死ね。」と叫びながら包丁を持って追いかけ,付近の屋外駐車場に逃げ込んで腹部の激痛に耐えかねて立ち止まった同人の背後に迫り,なおも同人に攻撃を加えようとしたところ,駈けつけてきた福田光次郎に背後から左手で襟首をつかまれて引きとめられたため,被告人は左に振り向きざまに同人の左胸部を突き刺すなどしているのであって,その犯行の態様は激越かつ執拗極まりないものであったことが認められること
3 被告人は捜査段階においては,福田藤光に殺意を抱いた時期については供述を変遷させたが,同人に対し確定的殺意のもとに犯行に及んだものであることは,現行犯人として逮捕された機会,警察官による弁解録取の機会,検察官による弁解録取の機会,裁判官による勾留質問の機会にいずれもこれを認める供述をしていたものであり,その後の捜査機関の取調に対しても,一時期,検察官の面前で多少あいまいな供述をしたもののその後再び逮捕時と同様の,確定的殺意のもとに福田藤光に対する殺人未遂の所為に出たことを供述しているものであり,しかも右供述は,本件殺人未遂を敢行するにいたる経緯等に照らしてみても極めて自然で合理的なものであることが認められること
など,被告人が殺人未遂の用に供した兇器の種類,形状及び被害者の創傷の部位,被告人の犯行の態様と被告人の自供などを総合すると,被告人は福田藤光に対し確定的殺意のもとに犯行に及んだと認めるべきであり,従って,未必的殺意を認めるにとどめた原判決は事実に誤認したものといわなければならず,殺意が未必的か確定的かは一般に犯人の行為ないしその責任の評価に影響するところが大きく,量刑上も重要な要素の一となるものであるところ,本件では原判決も「罪となるべき事実」欄において殺意の未必的なることを判示しているほか,「量刑の理由」欄においても,これが量刑上当然に考慮さるべき要素たることを当然の前提としたところの判示をしているのであるから,右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認と解するのが相当である。